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第6話

《幻の白衣姿》
中学3年の頃、真剣に悩んでいた事があります。
ピアノの道を志すか、それとも薬剤師になるか…
父は法務教官を務める国家公務員で、母は駅前にある総合病院で事務員として勤務し、私は音楽とは全く関係のない一般家庭で育ちました。
 私は小さい頃は鍵っ子でした。
官舎に住んでいた頃は父は割と早く帰ってきたので、安心感があったのを覚えています。
逆に母は忙しく夜になるまでなかなか家に帰って来なかったですが、たまに私は病院の事務室に潜入しお菓子をもらい隣にあった公園で遊んだりして遠足のように過ごす事もありました。
 
病院の中に充満する消毒液の匂いが結構好きでした。医師や看護師には何となく怖い印象しかなかったものの、薬を貰う時に優しくお大事に、と声をかけてくれる薬剤師さんには憧れていました。
白衣は何より清らかな存在で清潔感があったように思います。
 
薬剤師は苦手な理数系の勉強が必要になる。
ピアノだってまだ全然弾けないけど、好きという気持ちとこの先どんなに大変でも逃げ出さない覚悟だけはありました。
白衣は着ようと思えば着れるし、と考えなおし薬剤師の道を諦めることにしました。
もし薬剤師になっていたら、一体どんな人生が待って居たのだろうかと、たまにふと若き日の自分を思い出します。